校長室花暦⑨
10月に入り、暦の上では「更衣」ですが、6月12日から昨日の9月30日まで、最高気温が25度を超える夏日継続日数が111日を数えました。冬服への移行はまだまだ先となりそうです。そのような中、華道部さんより「さわやかな秋」を感じさせる素敵な作品が届きました。
(今回の花材)
ケイトウ(写真「オレンジの花」)
以前の花暦で触れました。読み返していただけると嬉しいです。
ススキ(写真「緑の葉」と「穂」)
中秋の名月の際に飾られる日本の秋を象徴する植物です。
シオン(写真「紫の花」)
『今昔物語集』(第31巻第27「兄弟二人、萱草・紫苑を植ゑし語」)にも登場する古来よりなじみの深い花です。以下その現代語訳を紹介します。
今は昔、あるところに二人の男の子がいた。ある時、父親が死んでしまったので、二人は嘆き悲しみ、どれだけ年月を重ねても忘れる事が出来なかった。
二人は父親を土に埋葬し、恋しい時には一緒に墓に行き、涙を流して、我が身の憂いも嘆きも、生きた親に向かって話すように語って帰って行った。
やがて年月を重ね、二人は朝廷に仕えて、私事を顧みる事も出来ないほど忙しい身となってしまったので、兄は、「わたしはこのままでは慰められそうにない。萱草(かんぞう)という草は、見る人の思いを忘れさせてしまうと言う。墓の辺に植えてみよう」と、萱草を植えた。
その後、弟は事ある毎に兄の家に行き、「いつものように墓参りに行きましょう」と誘うのだったが、兄はなかなか都合が付かず、一緒に墓参りする事はなくなってしまった。
弟はそんな兄の態度を嘆かわしく思った。「私たち二人は父を恋い慕うその心をよりどころにして、毎日を過ごしてきた。兄は既に忘れてしまったと言うが、私は絶対に忘れまい」と心に念じ、「紫苑という草は、見た人の心にあるものを決して忘れさせないと聞く」と、紫苑を墓の辺に植え、いつもそこに行って紫苑の花を見ていたので、いよいよ忘れる事はなかった。
このようにして年を送っていたのだが、ある日いつものように弟が墓参りをすると、突然、墓の中から声がした。「私はお前の父親の屍を守る鬼である」
弟はこの声を聞き、恐ろしさのあまり声も出ず答えずにいると、墓の中の鬼は優しい声で続けた。「何も恐れる必要はない。父親と同様、私がお前を守ってやろう。お前が父親を恋い慕うその気持ちは、年月を送るといえども全く変わらなかった。お前の兄はお前と同様に悲しんでいるように見えたが、忘れ草の萱草を植えて、望み通りに父親の事を忘れる事が出来た。一方のお前は紫苑を植えて、これも望み通りに父親の事を忘れる事がなかった。お前の父親を慕うその志の並ならぬ事に感心した。私は鬼の身とは言えども、慈悲の心があり、ものを哀れむ心は深いつもりだ。私はその日に起こる善悪の事を予知する力がある。お前の為にこの予言を夢で知らせてやろう。」弟は涙を流してこれを喜んだ。
それからというもの、弟はその日に起こる事を毎日夢で見た。身の上に起こる全ての事をはっきりと予知する事が出来た。これは親を恋い慕う心が深かったからである。
このような事から、嬉しいことのある人は忘れな草の紫苑を植え、また憂いのある人は忘れ草の萱草を植えて、いつも見るべきであると語り伝えられている。