【学校生活の様子】

2017年10月の記事一覧

地元カレー店「きーCurry」とコラボして、商品開発

地元カレー店「きーCurry」とコラボして、商品開発

 

商業科3年12名 課題研究「商品開発」選択者

  地元カレー店「きーCurry」とコラボして、商品開発を実施。

 

商品開発「八南国(やしなんごく)カレーパン」    350円

    「八南(やしなん)リゾット風カレーパン」  350円

「八南国ラッシー2017ver.」         450円

 

なお、下記のマスコミから取材がありました。

① J-COM ケーブルテレビ    (10月10日 取材 19日 放送)

② 地域新聞             (10月 3日 取材 18日 発行)

③ 東武読売             (10月 3日 取材 16日 発行)

 

10月22(日)に「きーCurry」で商品開発をした商品を販売!!

当初、やしお市民まつりで、販売の予定でしたが雨のため、中止となってしまいました。そのため、店舗での販売となりました。雨のため、まったく売れないのではないかと心配されましたが、お客様からの予約もあり、カレーパン2種類合わせて、100食販売することが出来ました。これも「地域新聞」、「東武読売」、「J-COM ケーブルテレビ」などの広報活動の賜物だと思いました。

  
 「地域新聞に掲載写真」 「東武読売新聞に掲載写真」
  
 「カレーパン試食中」 「ラッシー試食中」

1日体験入学

 平成29年10月7日(土)本校にて1日体験入学が行われました。
本来ならば8月にいつも開催されていますが、今回は学校の耐震工事の関係で、10月に開催されました。
高校での普通教科の授業や商業科目を学べるとあり、本校に興味がある方々にご参加いただきました。

  
  
  

2学年修学旅行9月26日~9月29日

修学旅行に行ってきました。日程と撮影した写真の一部です。

9/26

(火)

羽田空港集合

長崎空港着

平和公園・原爆資料館(平和講話・資料館見学)

ホテル長崎到着

9/27

(水)

ホテル長崎発 
長崎市内班別研修

各地区(12組鷹島、23組青島、56組福島)
入村式  

9/28

(木)

体験活動①  
体験活動②   
民泊

9/29

(金)

離村式 
大宰府天満宮

福岡空港発
羽田空港着 
解散




     

  
 



 

平成29年度 10月朝礼

 平成29年度10月校長講話

 

 皆さん、おはようございます。

 先週、私は、2年生と一緒に修学旅行で、長崎県を訪れてきました。

 今回の修学旅行は、平和学習や、班別行動、民泊を通じた体験学習など、2年生一人ひとりが八潮南高校生という自覚を持ってしっかりと行動してくれたおかげで、大きな事故もなく、大変素晴らしい修学旅行になったと思っています。

 

 さて、今日は、その長崎での平和学習を2年生と共に参加する中で、自分なりに感じたことを話したいと思います。

 

 72年前の戦争で、日本は、人類史上、初めて核爆弾を広島と長崎に投下され、世界で唯一の被爆国となりました。

 

 今から紹介する文章は、今年の、長崎での平和祈念式典で、長崎市長が訴えた平和宣言の抜粋(一部変更)です。ぜひ、想像力を最大限に働かして聞いてみてください。

 「私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、長崎市上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。

 あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。皮膚が垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。

十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。

原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。」

核爆弾の凄まじさ、恐ろしさが実に伝わってくる文章です。

 

しかし、修学旅行で訪れた、長崎の町は平和そのものでした。悲惨な過去があったなどとは信じられないくらい、立派な街並みがあり、人々は平和な日常を過ごしていました。

戦後、長崎だけではなく、日本のいたるところで、戦争の悲惨な被害に決して負けることなく、復興をかけ多くの人たちが一生懸命努力してきた結果、日本は今日のような繁栄を成し遂げてきたという事実も、私たちは忘れてはいけないと思います。

そんな戦後の復興にかけ、食を通じて平和な社会作りに貢献した人物を紹介したいと思います。

 

皆さんは、安藤百福という方を知っているでしょうか。日清食品の創業者で、世界で初めてインスタントラーメンを発明した人です。

 終戦後、食糧難となった日本では、おなかをすかせた人々が街にあふれ、栄養失調のために行き倒れになる人が後を絶ちませんでした。

ある日、安藤が大阪の梅田駅に行った時のことです。屋台が立ち並んでいる中、ひときわ長い行列が目に付きました。ラーメン屋台の行列でした。やせこけた人たちが寒空の下、粗末な服を着て震えながら順番を待っていたのです。「一杯のラーメンのために、人々はこんなにも努力するのか」。この悲惨な光景を見た安藤は食の大切さを痛感しました。

 

  早速、安藤は、"おいしくて、保存がきき、値段も安い、お湯があれば家庭ですぐ食べられるラーメン”の研究を始めました。

1日平均4時間という短い睡眠時間で、たった一人で一日も休むことなく研究を続けました。しかも、安藤は麺作りについてはまったくの素人だったため、山のような試作品を作っては捨てる、試行錯誤の、まさに死にものぐるいの日々が続きました。

研究を始めてから丸一年、ようやく、麺の製造に成功し、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売されました。お湯を注ぐとたった3分で食べられる「チキンラーメン」は、当時の常識では考えられない食品だったため「魔法のラーメン」と呼ばれました。

 

さらに安藤は、この「チキンラーメン」を世界にも広めようと、どんぶりも箸もない欧米でも食べられるように、麺をカップに入れてフォークで食べる新製品の開発に取りかかりました。この新製品は、「カップヌードル」と名付けられ、日本はもちろん、世界中で販売され、現在その販売量は世界で一千億食を超えるまでになりました。まさに日本生まれの世界食が誕生したのです。

 

現在、世界には約一万五千発もの核兵器が存在しています。私たち日本人は、世界で唯一の被爆国に住む者として、核問題にしっかりと向き合い、平和について問い続けていかなければならないと思います。

しかし、どうすれば、この問題を解決に導けるのか、平和な世界が築けるのか、これだという正解には、なかなかたどりつくことは難しいかもしれません。

 

安藤百福は、戦後、食糧難で苦しんでいる多くの人たちを助けたい、という思いで、インスタントラーメンの研究開発に生涯をささげ、食を通じて世界の平和に貢献しました。

この安藤の生き方は、皆さんに、世の中や、もっと身近なクラスや部活動など、自分の身の回りで困っている人、悩んでいる人たちに対して、自分は何ができるのか、自分の頭でしっかりと考え抜き、行動を起こしていくことが大切であり、それこそが、世界の平和につながるということを、教えてくれているのだと思います。

 

本日より、今年度の後半戦が始まります。3年生は自らの進路実現に向けて、1,2年生は学校の新たなリーダーとして、求められるものは各学年ごとに違うと思いますが、気持ちを新たに、八潮南高校を皆さんの力で、大いに盛り上げていきましょう。